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ハローニューエンド 3

Author: 北園れら
last update publish date: 2026-07-06 19:04:10

「間違いないな?」

「ええ、財布に個人番号も見つかりましたから」

やっぱりちょっとカード持ち歩くの怖いな、とマスターは薄ぼけた意識の中で思った。免許証やら他の身分証は偽造できるかも知れないが、個人番号となると話は変わってくる。

「ヒョウにトラで豹虎《ひょうご》くん、ねえ」

襲ってきた男たちはよく見れば三人組だった。マスターを攫った男二人と、運転手の少年。揃いも揃ってオリーブ色の目出し帽を被っているので知り合いかどうかもわからない。

「……誰やお前ら」

「殺し屋って言ったら笑う?」

今回に関しては笑えない冗談だった。さっきの家出少女と違って既に危害を加えられた後だからだ。マスターは人通りの少ない路地に放り込まれ三人の男に囲われている。

「車が汚れるから外で殺そう」という極めて私的な理由で、マスターは車の外に投げ出された。

「前任者が殺られたらしくてね、下っ端の俺たちにも仕事が回ってきたんだ」

「そらよかったな。チンピラ」

「俺のことは? 覚えてるよな?」

チンピラの一人がわざわざ目出し帽を脱いで顔を見せた。ドレッドめいたパンチパーマに殴られすぎて細くなった目、喧嘩慣れした潰れ耳。一度見たら忘れられないような醜悪な面構え。

「……いや誰やねん」

「俺はお前のことを知ってる。人見のクソガキが子飼いにしてた詐欺師だ」

神奈川の暴力団関係者は大抵二つに絞られる。一年前に解散した人見組と、今なお存続し姉埼を牛耳っている阿座上組だ。古き悪き暴力の時代を継承し、今は名を変えて地下に潜った犯罪組織。二つの組織の末端同士が触れ合うと誰かが死ぬ。そういう関係だった。

そして、一色豹虎はその人見組にいた。

「だったら何や。別に隠す気ないわ」

消えた二十億・・・・・・の在り処を教えろ」

「あ?」

毛深い手がマスターの白髪を引っ張って無理に目を合わせた。男の目は血走ってクスリの臭いがきつい。どこの世界に人を拉致する前に覚醒剤打つ奴がいるんだ。しかし残念なことに確かに昔の阿座上組にはこんな感じのやつがいたのを思い出し。

「なんやそれ」

「俺だって知らねえ。だからこうやって知ってそうな連中を総当たりしてんだ。ボスの命令でな」

「効率悪っ……」

知り合いから聞いたことがある。質の悪い薬物で夢を見ながら、足洗組と敵対していた人間を何人もリンチに遭わせて殺している怪人がいる。阿座上の親分も手綱を握りかねて破門にしたはずのそいつが野放しにされているの免罪符《・・・》のようなものを手に入れたからだという。

(……免罪符。まさかな)

暴力を振り翳して他人を打ちのめしたい衝動に取り憑かれ逮捕と出所を繰り返し最後には組からも見放された底辺にいる人間。表だろうと裏だろうと、社会に存在してはならない種類の生き物。

「ボスは破門された俺を受け入れてくれた。ボスの言う事以外聞きたくねえ」

「破門されたんならお互いカタギやろが……」

真っ当に話しても意味はないのだろうが、路地の壁を背にしてマスターがつぶやく。掛けていたサングラスはいつのまにかコンクリートの上に転がっていた。

「せやったら仲良くしようや。日陰者同士」

「そうはいかねえ。敵対してるもん同士」

「敵対もクソもあるか。そない馬鹿げた金の在処知ってたら苦労せんわ」

「詐欺師の言うことは信用ならねえ。はいかいいえで答えろ」

会話が成立しない相手にNO以外を突きつけるパターンが用意されていると思ったのかこいつ。だが質問内容は意外というか、異常《・・》だった。

「俺の顔はもう覚えたよな?」

「……はい?」

「そうか、じゃあその目必要ないよな」

名前は思い出せる自信がないので〈ドレッド〉と呼ぶことにしよう。ドレッドは親指をマスターの頬に沿わせた。そのまま上にスライドした時には何が始まるか想像がつき、マスターは反射的に瞼を硬く閉じた。視界が黒くなる寸前にもう一人の覆面が目を逸らしたのが見えた。

構わず、マスターの瞼の上から頭ごと握りつぶしてしまうような圧力が加えられる。

「がっ……あああああっ……!?」

「舌以外いらねえ。目から順番に潰していく。嫌なら早く金の在処を教えろ」

こいつ、素手で目玉を抉り取るつもりだ。

力のバランスが不自然で、頭蓋骨からみしみしと変な音が聞こえる。小指が無いドレッドは物を握るのが難しいのだろう。おかげで簡単に目玉が潰れなくて痛みにもがくだけの拷問が長引いた。

「お前なら知ってるってボスが言ってたんだけどなあ」

「だっ、から、知らん言うとるやろボケ……!」

脳を圧縮するような手が持ち上がり、脊髄を抜き取られるような痛みを伴いながらマスターの踵が宙に浮く。マスターはその瞬間に地面を踏んでドレッドの股間を思い切り蹴り上げる。わずかに緩んだ右手に噛みついてようやく隙を作り、振り払って大通りに向けて駆け出した。

目元を押さえ微かに安堵した。潰れてない。

マスターには生き延びたい理由があった。だが回想に耽るより早くもう一人の襟足の長い殺し屋が持っていた鉄パイプで後頭部を殴りつけた。

ガンッ。焼きごてを当てられたような熱が走って、視界が白黒に変わる。それでも這って逃げようとした背中を体重を掛けた足で踏みつけられ、肋骨から爆ぜるような不快な音が聞こえた。

「だから詐欺師の言葉なんて信用できねえ」

「埒があかねえ、殺すか。目は任せろ」

「その目に対する執着はなんなんだよお前」

雑談めいたトーン。ドレッドの尖った靴で全身をサッカーボールのようにしつこく蹴りつけられ、内臓が傷ついて口から血液が溢れた。やがてマスターは再び路地の奥に投げ出される。

「ぁ、誰、か……!」

「声上げても無駄、通報しても無駄。俺たちには神様のカードが付いてる」

「どのみち詐欺師の言葉なんて誰が信じんだよ」

まるでオオカミ少年の顛末を見ているようだ。人を騙すことで生きてきた男は身に覚えのない冤罪で拷問された挙げ句に無意味に殺される。

「げはっ、ぁ、クソ……!」

──そうか、終わるのか。

案外ふさわしい終わり方かも知れない。元からゴミ溜めに落ちた吸い殻のような人生だった。マスターは滲んだ視界の向こうに走馬灯を見て、

「いいじゃないか。誰がどんな夢を見たって」

かつての知り合いの顔を思い出した。

「生きてさえいれば人は変われる。僕はそう信じてる。たとえ何者であっても、どこにいてもね」

身分を偽って転がり込んできた詐欺師を構わず受け入れてくれた喫茶ケチャップのマスター。

そして自分がヤクザに堕ちたとき、気付かないうちに破滅させて人知れず首を吊って死んだ男。

「……変われる」

「あ?」

「俺は俺が変わるまで死ねないんだよ……!」

一色豹虎は最後の気力を振り絞ってドレッドの脛にむけて踵を振り下ろした。薬のキメすぎで神経伝達がうまくいかない手がぐにゃりと曲がり、豹虎は戻しかけた胃の残留物を喉奥に押し込みながら立ち上がった。

そうだ。俺は贖罪《しょうめい》しなければならない。

この命に換えてでも、絶対に。

「……信じてもらえないってのはこんな気分悪いもんか」

目の下まで垂れた赤い血を指で拭い取る。視界が僅かに戻り、路地の向こうまで見通せた。

そして確かに目が合った。

「すまん。信じてやれなくて本当に悪かった」

「あ?」

「聞いてくれ。俺も嘘ついてないんや。さっきから訳分からんことばっか。せやから俺にはお前にあげられる物なんてほんまに一つも思いつかん」

変わりたい。この地獄から抜け出したい。

特別な何かを持たない豹虎は言葉を連ねることでしか戦えない。それでも燻っていた火はやがて炎となって自分自身を焦がした。

「てめえ、交渉できる立場だと思ってんのか?」

「それでも良いなら俺もいい加減覚悟決めるわ。お前がほんまに殺し屋やって言うんなら」

「……? なんだ、お前」

「何もかもくれてやるから俺の地獄に付き合え」

炎はやがて路地を抜け出し、自分じゃない誰かに引火する。

誰と話して・・・・・……っ!?」

自称殺し屋たちの背後に佇む影がゆらりと動き実体となるより早く襟足の長い殺し屋を襲った。鉄パイプを握る手で遊んでいた親指をへし折り、反射的に丸まった上体を抉るようにして回し蹴りを叩き込む。鉄パイプがコンクリートに落ちて、からんからんと音を立てるよりも早く襟足の身体はゴミ捨て場に打ち捨てられた。

「これは賭けだよ。お互いにとって」

空気が変異した。獣の食物連鎖に猟銃を持った人間が踏み込んだように、彼女《・・》の乱入はその場の秩序を完全に乱した。

「でもあなたは賭けに勝った。良かったね、本物の殺し屋が契約してあげるんだから」

「……そらええな」

はは、根に持ってんなあこいつ。

「カレー代は今のでチャラね」

「はっ、生きて帰れたら何杯でも食わしたる」

表の世界でも言えたことだが、契約に書面は必ずしも必要ではない。言葉を交わした口約束もまた一つの契約のかたちだ。

「条件がある。俺と組む上で守ってもらう約束」

「約束」

「絶対に誰も殺すな。そんで死ぬ気で俺を守ってもらうが、絶対に俺を置いて死ぬな」

「……後半矛盾してない?」

「命を大事にしない奴はクソや。ええな、花火」

賽原花火は静かに敵を見据え、微かに笑った。

「オーケー、ご主人様マスター。死なない程度に守ってあげる」

それがやがて地獄《アングラ》の底を震わせる最凶のバディが生まれた瞬間だった。

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